目次
1. 講演の主題
タイトルどおりテーマは 「拉致監禁がなければ解散命令は起こりえなかった」 という主張です。
後藤徹氏(全国拉致監禁・強制改宗被害者の会 代表)は、自身の 12年5か月の監禁が最高裁で事実認定された人権侵害 であることを前提に、現在の旧統一教会(家庭連合)への解散命令請求は、この「監禁によって作られた“元信者=被害者”」の証言が大量に積み上がった結果だ、と説明しています。
2. 2本のグラフが示すこと
講演の中心にあるのが、教団側の弁護士も法廷で示したという2本のグラフです。
- 赤い折れ線:1960年代後半〜1990年代にかけての「拉致監禁の件数」
- ピークは1992年前後(桜田淳子さん・山崎浩子さんの騒動で家族が不安になった時期)。
- 1年間に375件=ほぼ「1日1件以上」監禁が起きていた時期がある。
- 黒い棒(または折れ線):その時期に起きた「統一教会を訴えた民事訴訟の件数」
→ この2本が “ほぼ同じ形で連動している”
つまり、監禁で教会をやめさせられた人が、そのまま教団を訴えている という構図だ、というのが後藤氏の指摘です。
なので彼はこう言います:
「赤いグラフ(監禁)がなければ、黒いグラフ(訴訟・被害申告)もほぼなかった。
黒がなければ、今回のような『被害が多数ある』という解散命令請求も立たなかった。」
3. 文科省に出された「被害申告」の中身
- 文科省側が「被害は多い」とする証拠の 約88%が“拉致監禁・強制説得で離脱させられた人たち”のもの だと、後藤氏は紹介しています。
- 一方で、自然に離れた人(自然離教)は約12%しかいなかった。
- だから後藤氏は、
- 「本当に自発的に『被害にあったからやめた』という人は少数で、
- 監禁で心身を追い込まれ、反統一の情報だけを浴び続けた人たちの証言が“被害データ”として大量に採用されている」
と問題視しています。
4. 監禁のやり方と背景ネットワーク
後藤氏は自分の体験をかなり具体的に語っています。
- 家族だけでできる規模ではない。背後に必ず
- 強制説得を指導する一部キリスト教牧師(森山、宮村などと名指し)
- それと連動する弁護士ネットワーク(全国霊感商法対策弁護士連絡会)
がいた、と説明。
- 方法はだいたい共通していて、マニュアル化されていたはず とみています。
- まず親族に「あなたの子はマインドコントロールされている」「このままでは犯罪者になる」と不安を煽る
- 「保護しましょう」という言葉に置き換えて、実際にはマンション高層階にカギ・鎖・窓の内張りで出られなくする
- その密室で、ひたすら反統一の情報だけを浴びせる
- 心が折れたところで「教会を訴えよう」というところまで持っていく
- 彼が強く言っていたのは
→ 「これは“救済”ではなく、暴力的に作られた被害者 だ」
という点です。
5. なぜ「解散命令」とつながるのか
後藤氏のロジックはこうです:
- 1960年代後半〜90年代にかけて日本で統一教会の活動が激しくなる
- それに対抗して、「異端だから救わねば」という一部キリスト教勢力 と
「反共・反スパイ法で動いていた統一教会を政治的に止めたい勢力」 が一致 - そこから日本特有の「拉致監禁・強制改宗」の仕組みが広がる
- 監禁で離脱した人たちが弁護士ネットワークに乗って一斉に民事訴訟を起こす
- その山積みになった“被害”が、のちの「社会的悪質性」の材料として文科省側に提出される
- そして2025年3月25日の東京地裁の解散決定でも「潜在的被害が否定できない」とされた
→ だから後藤氏は
「この日本特有の拉致監禁がなければ、いまの解散請求ラインには到達していない」
と結論づけています。
6. メディアへの強い不信
- 後藤氏は「これは戦後最大級の人権侵害なのに、オールドメディアはほぼ報じてこなかった」と繰り返し批判。
- 理由として
- メディアが“拉致監禁する側”に近い証言者だけを取り上げた
- 拉致監禁された側の証言は「存在しないもの」として扱われてきた
と説明。
- なので今後は SNSでの発信が鍵 だと言っています。
7. 宗教・反共の文脈
後半で後藤氏は、統一教会(家庭連合)が
- 反共産主義運動(国際勝共連合)
- スパイ防止法推進
- 60〜70年代の左翼運動への対抗
を本気でやってきたからこそ、それを快く思わない勢力と“カルトだから救済だ”と言う一部のキリスト教系が手を結んだ、という歴史的な背景も説明しています。
8. まとめると
- 日本では何千件もの組織的な拉致監禁・強制改宗が行われてきた(本人は「戦後最大の人権侵害」と表現)
- その結果としての“被害者”が、いまの解散命令請求の証拠の大半を占めている
- つまり、違法性のある行為で作られた証人の山を根拠にして、宗教法人を解散させようとしている――ここがおかしい、という主張
- この事実はテレビではほぼ報道されていないので、信者・関係者が発信し続けるしかない

