洗脳されてゐるのは信徒なのか、我々日本国民の側なのか【小川榮太郎氏、記事】

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巻頭言

洗脳されてゐるのは信徒なのか、我々日本国民の側なのか

今からでも遅くはない、どんな手段を使ほうと、政府ないし最高裁判所は、旧統一教会への解散命令を撤回する道を探すべきだ。

私は、ここに全良心を傾けて、読者諸氏に向かつてさう主張する。

私自身が少し前までさうであつたやうな、「触らぬ神に祟りなし」といふ姿勢を一旦捨てて、事柄の真実を知っていただきたいといふ一語に尽きる。

その為に敢へて、レピュテーションリスクを承知で、特集を組んだ。

良く調べ、研究した上で、今回の解散命令は完全なる憲法破壊事態であり、法治国家、自由社会としての我が国の根幹を将来にわたり危ふくすると結論したからである。

霊感商法、カルト、洗脳、高額献金……といふ連想されるキーワードがある。

これらが具体的かつ重大な犯罪事実ではなく、すべて「イメージ」の流布だといふ事に注意されたい。

先日、米寿だが頗る頭脳明晰な母――何しろ本誌の愛読者である呵々――に、この解散命令が不当だと話したら、電話口の母は「でもずいぶん悪い事をしてゐるみたいぢやない。なんだか怖いわ」と言つてゐた。

ここにも「印象」しかない事に留意されたい。そしてその「印象」が専らテレビによる事に。

洗脳されてゐるのは信徒なのか、我々日本国民なのか。

特集では、「公平・公正な裁判を求める有識者の会」による三月二十六日の記者会見発表資料を掲載した。発表者諸氏とは今回の件からの初顔合はせだが、緻密な知性と品性の持主ばかりである。売名系の人たちとは質が違ふ。

又、教団関係者の主張を三本記事にした。皆さん、彼らの声を正面から読んだ事がありますか?

実はないのではありませんか?

ぜひ熟読いただきたい。

そして、黙つてこの件を見過ごさないでほしい。

一つ一つの重要局面を曖昧にやり過ごす事で、「法治」も「自由」も「民主」も、徐々に、少しづつ壊れてゆく。読者には、ご自分の事のみならず、子供や孫の世代の自由と法治とを守るために、今、何ができるかを考へていただきたいのである。

私は公正性の「鬼」である。

昔、放送法順守を求める視聴者の会といふものをやつてゐた時、私のバッシング記事を書いた赤旗新聞の記者に向かつて、「仮に日本共産党が放送法に抵触する報道被害にあつたなら、共産党の為に戦ふ」と言つたら、妙な薄笑ひを浮かべて黙つてしまつた。

無論、私は本気である。

私は「良心」を体ごとぶつけて生きてきた。

建前と綺麗事と嘘と打算と徒党を組む事を何よりも憎む。

疲れ切つた。

裏切られる事ばかりで、人間が心底嫌ひになつた。

それなのに、旧統一教会の解散命令に再考を促す旗を振るのはなぜか。

今、かうして書きながら驚いてゐる。なぜだらうと。

この件で、私に接触してきたのは、誌面にも登場する二世信者の会のメンバーだつた。

人間らしい人間に会つたと思つた。日本のかつての懐かしい青年のやうな。

今回の私の主張には、感情は一切入つてゐないし、私は教団の擁護をしてゐるのでもない。解散命令の不当性と破壊性のみを訴へてゐる。それは今後も変らない。

だが、今思ひ返して、私が彼らを好きになつた気持は動かせない。この青年らの信仰を法的合理性なしに踏みにじるのか。これを敢へて書いておく。

小川榮太郎


階層的要約

1. 著者の中心的主張:解散命令の撤回要求

  • 憲法と法治への危機感: 政府および最高裁は、旧統一教会への解散命令を撤回すべきである。この命令は法治国家・自由社会の根幹を揺るがす「完全なる憲法破壊事態」であると著者は結論づけている。
  • 「印象」への警鐘: 「霊感商法」や「洗脳」といったキーワードは、具体的な犯罪事実ではなく、専らテレビ等によって作られた「イメージ(印象)」の流布に過ぎない。

2. 問題提起:真に洗脳されているのは誰か

  • 国民への問いかけ: 身内(聡明な母親)でさえ、事実ではなくメディアの印象論で「怖い」と感じている現状を挙げ、「洗脳されているのは信徒ではなく、我々日本国民の側ではないか」と提起している。
  • 傍観への警告: この問題を曖昧に見過ごせば、「法治」「自由」「民主」が徐々に壊れていく。次世代のために今何ができるか考えてほしいと読者に呼びかけている。

3. 本特集の目的と内容

  • 真実の探求: 「触らぬ神に祟りなし」という姿勢を捨て、レピュテーション(評判)の低下リスクを承知の上で、事柄の真実を伝えるために特集を組んだ。
  • 当事者・有識者の声の掲載: 緻密な知性を持つ「公平・公正な裁判を求める有識者の会」の資料や、読者が正面から触れる機会のなかった教団関係者の主張を掲載し、熟読を促している。

4. 著者のスタンスと個人的な所感

  • 公正性へのこだわり: 著者は自身の利益や徒党を組むことを憎み、相手が誰であれ(たとえ過去に対立した相手であっても)不当な扱いがあれば公正に戦う「良心」と「本気」を持つ人間であると自己定義している。
  • 青年信者たちへの共感: 接触してきた二世信者たちが、かつての日本人のような「人間らしい人間」であったことに感銘を受けた。
  • 擁護ではなく法理の問題: 教団そのものを感情的に擁護しているわけではなく、あくまで「解散命令の不当性と破壊性」を批判している。しかし、法的合理性なしに純粋な青年たちの信仰を踏みにじることに対する強い義憤を抱いている。
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