3行要約
- 朝日新聞の「内部文書(トゥルーマザー文書等)に記者名が載った」という報道を起点に、文書の信憑性へ疑義を投げかける。
- 続けて、毎日新聞記者の過去の関連イベント参加・費用負担・謝罪(返金手続き)を取り上げ、「参加しただけで謝罪は中立なのか」と批判する。
- 結論として、マスメディアの掲げる「中立・公正」や「関わりない」という姿勢自体が、むしろ偏りを示しているのではないかと主張する。
目次
階層的要約
1. 朝日新聞記事を材料に「内部文書」の信憑性を攻める
- 1月30日付の朝日新聞記事を紹介し、
- 内部資料とされる文書に「朝日(当時在籍含む)記者の感想」が載っている
- しかし元記者側は「参加していない・感想も送っていない」と否定
- 教団側も「誘った事実は確認できず」と回答
という流れを提示。
- ここから話者は、「文書そのものがどれだけ信用できるのか」を疑う論旨へつなげる。
- あわせて「都合の悪いところ(保守政治家に不利な部分)だけを切り出して報道しているのでは」という見方を示す。
2. 毎日新聞記者の“過去参加”報道を引き合いに、謝罪姿勢を批判
- 2月1日付のNHK報道として、
- 記者が(休暇を利用して)韓国での関連シンポジウムに参加
- 渡航費・宿泊費を主催者側が負担
- 発言(「感動的な機会」趣旨)を認め、返金手続きと謝罪コメント
という点を紹介。
- 話者の評価・突っ込み
- 「休暇中の参加=プライベートに近いのに、なぜ謝罪するのか」
- 「“感動的だった”は自然な感想では」
- 「主催が関連だと認識していなかった、は記者として苦しい(とぼけているのでは)」
3. 「中立・公正」の看板と、実際の振る舞いの矛盾を問題化
- 朝日側の“社内ルール(中立・公正を疑われない取材)”の説明を引きながら、
- イベント参加を“謝罪案件”として扱うこと自体が、先入観(=特定団体は関わるだけで問題、という前提)を表していて、中立から遠いのでは
というロジックで批判。
- イベント参加を“謝罪案件”として扱うこと自体が、先入観(=特定団体は関わるだけで問題、という前提)を表していて、中立から遠いのでは
- 「中立を言うなら、批判だけでなく(教団側の主張や活動の)プラス面も含めて扱い、事実は事実として淡々と示すべき」という方向性を示す。
4. まとめ(この動画の主張の芯)
- 「関わりがない/中立・公正」という自己宣言を繰り返すマスメディアは本当に“正しい・大丈夫”なのか。
- むしろ、謝罪・返金・距離取りを強調する態度こそが、偏向やダブルスタンダードのサインではないか──という問題提起で締める。

