安倍元首相銃撃事件の裁判員裁判が結審した。 奈良地裁で確認された事実が、少しずつ明らかになっている。

公判で示されたのは、 ・UPFビデオが動機ではなかったこと ・犯行直前まで標的が定まっていなかったこと ・困窮の主因が献金ではなく銃製造の借金だったこと など、事件直後に流通した説明とは異なる点だった。 にもかかわらず、事件後の報道は 「母の献金=家庭崩壊=動機」という単線の物語を固定化した。 その結果、安倍元首相は事後的に“象徴化”され、 政治的文脈の中で消費された。 さらに重いのは、その報道空間に押される形で、 政府が宗教法人法の解釈を変更し、 それを遡及的に適用した点だ。 立法ではなく、 議論でもなく、 世論の熱量に合わせた行政判断だった。 メディア、行政、司法。 三者が相互に検証せず、 一つのナラティブを前提に動いた結果、 信教の自由と法の安定性が後景に退いた。 問われるべきなのは、 「誰を断罪するか」ではなく、 「事実がどの時点で歪められたか」だ。

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