徳永信一弁護士の意見書

信教の自由と非訟事件の罠

弁護士 德永信一

1 家庭連合の解散命令がなされた高裁判決最大のトリックは教団の法人格を取り上げるという法人格の剥奪は教団や信徒らの信教の自由の侵害にならないという文科省の宣伝に基づく欺瞞的な立て付けにあります。

2 何よりも大事なことは宗教の自由ないし信教の自由は決して内心の自由に止まるものではないということです。それは信者が「単独で又は共同して、公的又は私的に礼拝、儀式、行事及び布教によって信念を表明する自由を含みます。このことは信教の自由の重要な構成要素として国際人権規約(B)18条1項に書き込まれています。もちろん、それらの権利は日本国憲法においても信教の自由として当然に保障しているものです。

3 この宗教的な表現の自由の対極にあるのは、信教の自由は内心に留まるべきだというイデオロギーです。宗教はアヘンだと言い切ったマルクスが「ゴータ綱領批判」で述べている宗教を社会的に封じ込めるための戦略的な宗教政策イデオロギーでした。まさしく高裁判決はこれにとらわれたものでした。

4 その結果、信教の自由という最も根源的な人権侵害が問題とされているにもかかわらず、解散請求は法人格の剥奪に過ぎないとして、本来は行政作用を扱う「非訟事件」という聞き慣れない非公開の手続きでは進められました。近代的な裁判は公開の法廷による証拠に基づく公平な裁判によって人権が保障されていたはずです。ところが、人権擁護の最後の砦であるはずの裁判が、「非訟事件」という非公開による慎重さと公正さを欠いた手続きによって進められたのです。なんと裁判所の目の前で暴かれた文科省が提出した陳述書の偽造や捏造も、それが非公開の手続きであることを逆手にとって、なんの追求も受けぬまま放置されているのです。これこそ司法の崩壊であり人権の破壊です。

5 この「非訟事件」の手続きをつかって非公開の裁判で人権侵害を審理することは国際人権規約B規約14条が禁じているものです。先に話した捏造された証拠の取り調はもちろん、違法行為の「可能性」や「推測」を理由とする不確かな認定然り、有名な「板まんだら事件」以来、裁判所が自らタブーとしてきた宗教的教義の解釈による事実認定も然り。いずれも法人格の剥奪は信教の自由の侵害にはならないという誤った考えに導かれた手続の不正義かあるのです。

6 どんなに巧みな人権の理論も手続的な保証も、「蟻の一穴」ともいうべき誤りによって脆くも瓦解するのです。信じられない立法の不作為よる憲法上の瑕疵があるのです。そのことを訴えて、そしてこれからも繰り返し繰り返し訴える決意をもって。私の今日の訴えを終わります。

以上

https://www.fair-trial.jp/press-conference-20260326/%E5%BE%B3%E6%B0%B8%E4%BF%A1%E4%B8%80%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%A6%8B%E6%9B%B8/

上記より転載

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