【3行要約】
・10年間ほとんど口をきかなかった青年が、23歳で「原理」と出会い「私たちは神の子なんだ」と悟ったことで劇的な変化を遂げ、弟と共に信仰の道を歩み始めた半生が語られています。
・お父様(文鮮明氏)から直接相手を選んでもらった「祝福(結婚)」や、弟を頼ってアメリカでマグロ釣りに挑んだ4年間、そしてタクシー運転手として働き妻が献金し続けた20年間など、波乱万丈な人生が回想されています。
・晩年には「レダ」で4年間の無償奉仕を無心でやり遂げるなど、過酷な状況でも信仰を貫き、弟への深い感謝とともに、教えが日本の風土に根付くことへの願いが綴られています。
【階層的要約】
1. 10年間の沈黙と「原理」による劇的な変化
・小学3年生の頃から約10年間、家で「うるせえ」と「飯」しか言わないほど心を閉ざし、知的にも発達が止まったような状態でした。
・23歳の時に親友の勧めで「原理」の修練会に参加し、内容はわからなかったものの「私たちは神の子なんだ」と直感的に悟り、劇的な変化を遂げました。
・その後、会社を辞めて教会に入り、言葉も徐々に話せるようになり、18歳だった弟(ユ之助さん)もその姿に驚いて共に教会へ通うようになりました。
2. 初期の教会活動と弟・ユ之助さんとの絆
・教会に入った当初は知的レベルの遅れを自覚していたため、事業部に入って廃品回収など裏方の仕事を黙々とこなしていました。
・弟とは神奈川県の川崎で看板もパンフレットもない状態で2人で路傍演説を行うなど、初期の過酷な環境を共に乗り越えました。
・幼い頃はいじめるだけの兄でしたが、信仰を通して「未だに唯一心を許せる肉の兄弟」として、弟に対し深い感謝の念を抱いています。
3. お父様による「祝福(結婚)」と妻への感謝
・祝福(合同結婚式)の際、お父様(文鮮明氏)から「お前は気持ちのいい男だから祝福してあげる」と直接声をかけられ、相手を選んでもらいました。
・運勢や性格を見抜いたような不思議な組み合わせで選ばれた妻とは、初対面でサインをして結婚し、以来60年連れ添っています。
・波乱万丈な人生を共に歩んでくれた妻に対し、「この人でなければ自分の人生は歩めなかった」と心からの感謝を述べています。
4. アメリカでの4年間とマグロ釣りへの挑戦
・40歳から45歳の頃、弟が責任者をしていたニューヨークへ行き、もぐりで魚屋で働きながらマグロ釣りに挑戦しました。
・弟の保護のもと、ヨットクラブのホテルに滞在しながら海での過酷な経験を積み、4年間で250kgの巨大マグロを9匹釣り上げるという実績を残しました。
・移民局の取り締まりが厳しくなったため、4年目に日本への帰国を余儀なくされましたが、この大自然と向き合った経験は非常に貴重なものとなりました。
5. タクシー運転手としての20年と「献金」
・50歳で日本に帰国後、年齢的に再就職が難しかったため、タクシーの運転手として20年間働き続けました。
・その間、自分自身は教会へは行かず、ひたすら稼いだお金をすべて妻に渡し、妻がそれを全額教会へ献金するという生活を送りました。
・妻は献金が大好きであり、「お父さんは稼ぎ、母ちゃんは献金する」という役割分担で信仰生活を支え続けました。
6. 「レダ」での1440日にわたる過酷な奉仕と帰国
・70歳の時、周囲から送り出される形で「レダ」に行き、4年間(1440日)にわたり無償の奉仕活動を行いました。
・豚の世話や池の泥かきなど、普通の人が嫌がるような汚く過酷な労働を、1日も早く帰りたいなどと思わずに無心でやり遂げました。
・最終的に重度の帯状疱疹にかかり、命の危険があったため周囲に説得されて日本へ帰国することになりましたが、その無欲な姿勢は高く評価されました。
7. 統一教会の教えと日本の風土への定着への願い
・自身の波乱万丈な半生を振り返りつつ、統一原理そのものは正しいという強い確信を持っています。
・しかし、それを単に押し付けるのではなく、日本の歴史や風土の中に完全に受け入れられるようなシステムやアプローチが必要だと語っています。
・弟からもらった言葉を胸に、「やがて海に出会えば一つになる」という思いで、教えが日本社会と調和していくことを切に願っています。

