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目次
3行要約
- 40代で大怪我をした際、医師から「83歳の患者より骨が弱い」と宣告されて深く絶望したが、病室に迫るほど大きくなった満月を通じて「神の慰め」と声を感じ、立ち直った体験を語っています。
- 英国のロイヤルウェディングにおける「神の下僕」という祈りを聞き、信者を「神の息子・娘」という立場まで引き上げてくれた文鮮明先生(原理)の教えの偉大さを再確認したと述べています。
- 神に近づくためには、下僕としてではなく「自らが神の息子・娘である」という明確な自覚と心情を持つことが極めて重要であると訴えかけています。
詳細要約
40代を襲った度重なる病気と大怪我
- 40代の頃に膝を痛め、四国でのリハビリを経て右膝の手術を受けるなど、健康面での苦労が続いていました。
- その後、掃除機のコードに足を引っ掛けて転倒し、左手を骨折して緊急手術を受ける事態に見舞われました。
医師からのショックな宣告と絶望
- 骨折の手術後、医師から「骨がペラペラの紙みたいだ」と告げられ、腰の骨を移植する大掛かりな処置を受けました。
- さらに、隣のベッドにいた83歳のおばあちゃんよりも「あなたの骨の方が弱い」と直言され、凄まじいショックを受けました。
- 神に導かれてきたはずの自分の人生は何だったのかと深く落ち込み、3日間眠れなくなるほどの絶望を味わいました。
絶望の底で体験した「満月」による神の慰め
- 深く落ち込んでいた夜、遠くで輝いていた満月が病室の窓に入りきらないほど巨大に近づいてくるという神秘的な体験をしました。
- 自身が満月の夜に生まれたエピソードを思い出し、「神様が満月を遣わして自分を慰めてくれている」と強く感じました。
- 「そんなに悲しんじゃいけないよ」という神の声を言葉として聞き、二度と悲しまず強い娘になると決意して立ち直ることができました。
「神の下僕」と「神の娘」の決定的な違い
- 英国のウィリアム王子の結婚式(英国国教会)の中継を見ていた際、司祭が「神の下僕」として祈りを捧げていることに大きな驚きを覚えました。
- 従来のキリスト教会では人間を「下僕」として扱いますが、私たちは「神の息子・娘」であるという事実に改めて気づかされました。
信者を「息子・娘」に引き上げた教えの偉大さ
- 文鮮明先生(原理)の教えの最も凄いところは、単なる信仰者や下僕ではなく、人間を「神の息子・娘」という尊い立場まで引き上げてくれたことです。
- かつては自分の名前で祈るように指導されたこともあり、それはまさに「親と子」という心情問題の表れであると語っています。
神に近づくための「心情」と「自己自覚」
- 月を通して「我が娘よ」と呼びかけてくれた神の愛を体験したため、現在でも自らを「神の娘」であると強く意識しています。
- 「下僕」という意識のままでは神に近づくことはできず、自らを「神の息子・娘」であると自覚して生きることこそが信仰において最も重要であると締めくくっています。

