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世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)に対する解散命令の審理が東京高等裁判所に移された。解散命令を決めた東京地裁の決定や教団が抱える課題について、元信者で金沢大学教授の仲正昌樹氏と、2世信者で「信者の人権を守る二世の会」代表の小嶌希晶さんに話を聞いた。(聞き手・宇野泰弘)
――地裁判断は教団にとって厳しい内容だ。
小嶌 とても納得できるものはなくショックだ。現役信者から見れば、教団は明らかに良くなった。今の日本では、信仰を持つ人にとっては生きづらくなってしまった。決定を真摯に受け止める必要があるが、公平に審理されたのかという疑問もある。
――今回の解散命令では、和解した案件も解散事由に含まれている。この問題点は。
仲正 教団と関係のない人からでさえ、「和解案件を解散の理由に含めるのはおかしい」という声はたくさん聞いている。すでに解決しているのに、後から「本当はこっち側が悪い」と裁判官が指摘すべきでないというのが常識だ。
――仲正氏は、安倍晋三元首相暗殺事件直後と比べるとメディアへの出演が減少した。その理由は。
仲正 段々と旧統一教会問題へ関心が持たれなくなってきている。またメディアとしては、鈴木エイト氏のような発言をする人のほうが、都合が良いのかもしれない。
――教団は現在、拉致監禁問題に焦点を当てて信教の自由を訴えている。どう評価するか。
仲正 拉致監禁によるディプログラミングが問題であることに違いはない。しかし自分たちの普段の生活をそれとセットでアピールすることが重要ではないか。「皆さんが思っているほど特殊なことはやっていない。潰す必要が本当にあるのでしょうか」と訴える努力が必要。“一点突破”で敵の中心人物を倒して、問題を解決しようとする姿勢を感じるが、現実はそうではない。
――信者は教団トップの言いなりになっているという世間のイメージがある。
仲正 世の中から「韓鶴子氏の言うことを無条件に従っている教団・信者」と見られているが、実態はそうではないということを示すべきだ。つまりカトリック教会のローマ法王のようなイメージで、信者は絶対服従しているわけではないというような説明だ。
日本の世論では、一時期実際そうだったように、「世界的な教団の活動の財政負担を日本の教会が背負わされている」というイメージが根強い。今はそうでなくても、一時そうであったとは認めたほうが説得力は増すのではないか。一般に思われている、信者の財産を全部吸い上げて韓国に持っていくことは、今はできないし、やらないということを丁寧に説明すべきだ。幹部の古参信者が出てきて、「昔は無理して頑張っていたが、今は子供にはさせられない」と発言してもいいと思う。
――仲正氏は「教団は『共産主義を論破するのだ』という意識が強すぎる。いつまでも加害者のレッテルが貼られ、結果追い詰められている」とも発言している。
小嶌 現在教団は懸命に被害者の立場を取るような戦略を展開しているが、私はこれに少し違和感を覚える。教団や信者が(拉致監禁などの)被害を受けてきたのは事実だが、60年以上の歴史、あるいは290近くある教会の活動において、私たちの未熟さや強すぎる信仰ゆえに、元信者を傷つけてしまった部分があったというのも事実であろう。
仲正 発展する宗教は、「うちは消滅しても構わない。私たちの理想が生き残ればいい」という態度を取るのではないかと思う。信者だった時代を思い出すと、昔の教団ではそのように語られていた。「この世界には現に苦しんでいる人がいる。この人たちを守るために闘っている。私たちはどうなっても構わない」と。
昔の教団であればこう言えていただろうが、今は自らを守ることに精一杯で難しいだろう。教団だけの利益のために活動するのは良くない。
――SNSの中で傲慢にも思える信者の発言が目に付く、という仲正氏の指摘がある。
小嶌 教団信者が「日本人は宗教に馴染みがなく(宗教に対する)理解がない」と言っているのをよく聞く。しかし、世間が嫌悪感を抱いているのは「家庭連合」であって、多くの日本人は伝統的な宗教を大切にしている。今回の解散命令の問題を、「日本人は宗教に理解がないから」とすり替えて表現してしまう姿は、他者から見れば傲慢にさえ感じてしまうだろう。むしろ日本において、宗教への理解を妨げているのは家庭連合だとさえ見られている。
――2世の立場として、教団は将来どうあるべきと考えるか。
小嶌 教団が解散命令請求されて以来、仲間がいないことを痛切に感じた。そして、世の中から誤解されているのを感じ本当に悔しかった。教団には社会と対話できるようになってほしいし、耳の痛い意見にこそ目を向けてほしい。
仲正 ここに一番のヒントがあるのでは。緊急事態だからこそ、それを重視できる教団でないと、この先、本当の意味で生き残れない。
小嶌 世の中と対話して相互理解を深めていく、というのが私たちの役割なのかもしれない。解散がどちらに転ぼうとも、対話することに力を入れていきたい。
仲正 教団で上から与えられた目的以外に自分たちはどういう理想を持っているのかということを、ボトムアップで拾い上げていくことが重要。自分たち(2世信者たち)は教団を守ること以外に一体何をやりたいのかという問いだ。それを語り合うためにフリートークのような場を設けてもいいと思う。
――すなわち信者それぞれの「夢」や「理想」を自分の言葉で語り合うということ。
仲正 教団だけのためにやっているのではなく、かつてのように、迫害され苦しんでいるあらゆる宗教や文化のため共に戦う、という姿勢だったらより共感してもらえたと思う。「戦う」の意味を考えてほしい。
――他に教団が抱える課題はあるか。
仲正 抽象的な言い方をすると、思考を規律で狭める宗教は自滅する。むしろ思考を解放していくべきだ。
小嶌 本来教団には「超宗教」という教義がある。私たちは他の宗教団体のイベントに参加しても怒られない。そう考えると、思想は開放的なものであるはず。けれども、いつの間にか、自分で「自分の思想の型」にはめようとして、一人ひとりが思想を狭めてしまい、悪い方向に転がっていってしまったのかもしれない。本来はもっと開放的で自由であるはずだ。
仲正 確かに「そうだったはず」と元信者として感じる。積極的に他の宗教へも学びに行ったらいいと思う。「皆さんの考えを学ばせて下さい」と。
【動画概要】
- 対談者:
- 仲正昌樹(なかまさ・まさき)氏:元信者/金沢大学教授(哲学)
- 小嶌希晶(こじま・まさあき)氏:現役信者/「信者の人権を守る二世の会」代表
- 聞き手:宇康安弘氏(世界日報)
- 主なテーマ:
- 解散命令に対する当事者の見解
- 教団の現状と社会との対話の可能性
- 宗教の自由・偏見と差別への懸念
🔹【主なポイント】
🔸 1. 地裁の解散命令について
- 小嶌氏(現役信者)
- 非常にショック。
- 教団は確実に改善されてきた。
- 裁判が公平に行われたのか疑問。
- 信者にとって「生きづらい社会」になっている。
- 仲正氏(元信者・哲学者)
- 解散命令は「教団の自己改革不足」を象徴している。
- 教団は利益や信者数の維持ではなく、「社会との対話」を重視すべき。
- 他の宗教から学びつつ、自己批判的に変わる必要がある。
🔸 2. 社会との対話について
- 宗教団体は閉じた論理にとどまらず、社会の価値観に耳を傾けるべき。
- 「正義」や「信仰の自由」のみを盾にするのではなく、一般社会の理解を得るための開かれた言葉が必要。
🔸 3. 信者の人権や偏見について
- 小嶌氏は、信仰を持つだけで排除される社会的状況に危機感を示す。
- 信者へのリストラ・差別、学校での偏見など、現実に起きている人権侵害が見逃されている。
📝 総括
- 対談は、解散命令をめぐる「司法・社会・信仰」の三者関係を問うもの。
- 双方とも「教団の変化は必要」と認めつつも、手続きの公正さや社会の宗教理解の偏りに異議。
- 仲正氏は「自己変革と対話」、小嶌氏は「信者の人権と信仰の尊重」をそれぞれ訴えている。