【責任の所在】家庭連合の危機は誰のせい? メシヤを「スーパーマン」に祭り上げる「危うさ」【家庭連合一世おじさん】

https://youtu.be/2NTM2AEE8Ms?si=BoFrXNoUyXJVixO7

目次

【3行要約】

・現在の家庭連合の危機は神やメシアの責任ではなく、メシアを全知全能のスーパーマンと過剰に神格化し、人間の「責任分担」を放棄した幹部と信者双方の責任であると主張しています。

・幹部はコンプライアンスを軽視して都合の良い報告だけを上げる主体性のなさを、信者は「上の指示だから」と思考停止して従う依存と被害者意識を深く悔い改めるべきだと指摘しています。

・組織の危機を乗り越えるためには、幹部も信者も他責にするのをやめ、社会のルールに則った実務の責任を取り戻し、自立した信仰者として健全な組織へと軌道修正することが不可欠だと訴えています。

【階層的要約】

メシアの過剰な神格化とスーパーマン願望の罠

・従来のキリスト教のように、メシアを何でもお見通しの全知全能のスーパーマンとして過剰に神格化してしまうことは、統一原理の本来の教えから外れていると指摘しています。

・文鮮明総裁や韓鶴子総裁も、私たちと同じ肉体を持ち、物理的・時代的な限界や知識の限界を持つ生身の人間であり、あらゆる専門知識を完璧に把握しているわけではないと説明しています。

・メシアが血と汗と涙を流し、孤独の中で限界を超えてきた生々しい人間としての格闘の価値を、何でもできる「超人」扱いすることで、信者側が逆に貶めてしまっていると警鐘を鳴らしています。

メシアの責任と人間に委ねられた実務の責任

・メシアの責任領域は、命懸けで神様の血統を取り戻し、救いの勝利基準を打ち立てることであり、その絶対的な役割はすでに100%完了していると述べています。

・一方で、メシアが示した純粋な高いビジョンを、現実の社会システムに適用し、誰も傷つかない安全な形で地上に実体化していく実務的な責任は、完全に人間側(幹部や信者)に委ねられています。

・実務の歪みによって生じた社会的な問題の責任をメシアに求めることは、神が人間に与えた「自由意志と責任分担」そのものを否定する行為につながると主張しています。

コンプライアンスを軽視し主体性を欠いた幹部の責任

・幹部たちは上層部の目標と現場の現実の間で苦悩したものの、結果として社会的なコンプライアンスや現場の限界を過小評価してしまった重大な責任があると指摘しています。

・上の言葉をそのまま現場に下ろして手段を選ばず目標達成を迫る一方で、上層部には都合の良い勝利の報告だけを上げ続け、不都合な真実を遮断していた姿勢を問題視しています。

・実務者としての知恵を出し現場を守るという主人意識を欠き、問題が起きると「言われた通りにやった」とメシアを盾にして責任逃れをしてきたことへの猛省を求めています。

思考停止と被害者意識に陥った一般信者の責任

・一般信者もまた、「アベル(幹部)の指示だから」という言葉を隠れ蓑にし、自らの頭で考え判断するという自由意志と主体性を完全に放棄してしまったと厳しく指摘しています。

・問題が起きた際に「自分は言われた通りにやっただけの被害者だ」とすべての責任を幹部に丸投げする依存体質こそが、人間の5%の責任分担の放棄であると語っています。

・信者一人ひとりが主体的な選択を避け、誰かのせいにして言い訳をしてきた自らの甘えについて、神様の前で真っ先に悔い改めなければならないと訴えています。

現在の危機の真因と自立した信仰への軌道修正

・現在の家庭連合の危機は神やメシアの責任ではなく、幹部と信者が共に「人間の責任分担」という素晴らしい原理を軽く扱いすぎたことに根本的な原因があると結論づけています。

・幹部は上層部の顔色を伺うのをやめ、現場の真実のデータと社会のルールに照らし合わせた誠の知恵を持って、メシアを支える実務の責任を取り戻す必要があると提言しています。

・信者は依存体質や被害者意識を捨て、自立した一人の信仰者として自らの責任を果たし、共に組織の体質を社会的に健全な姿へと軌道修正していくことこそが、真の解決の道であると結んでいます。

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