目次
📌 3行でわかる
① 1992年11月、結婚報告のために帰省した際、家族によって高層マンションの一室に5ヶ月間拉致監禁された被害者の証言です。
② 監禁中は毎日牧師から教義の否定や説得を受けましたが、被害者は「親が納得するまでとことん話を聞く」と決めて一切反論せず対応しました。
③ 近隣住民が不審に思い警察に通報する動きを見せたことや、本人の意思が変わる気配が全くなかったことから、親が諦めて解放に至りました。
拉致監禁の経緯と場所
- 1992年11月、結婚報告のために実家に帰った際に家族(両親や妹)によって拉致されました。
- 監禁場所は荻窪駅近くにある高層マンションの一室でした。
- 入り口には重厚な鍵がかけられ、高層階であるため物理的に飛び降りて逃げ出すことが不可能な状態でした。
監禁中の説得と牧師の対応
- 最初の1週間は脱会した元信者たちが訪れ、「離れても幸せにやっている」と説得してきました。
- その後は毎日午後、小牧牧師が訪れ、「聖書」と「原理講論」を対比させる講義を5ヶ月間継続して行いました。
- 牧師は若くて誠実そうな印象であり、無理な恫喝や暴力などの強硬な手段は取られませんでした。
被害者(Kさん)の心境と対策
- 事前に拉致されることを覚悟しており、結婚届をあらかじめ夫に預けてサインも済ませていました。
- 「途中で逃げ出すと親が諦めきれない」と考え、親が納得するまでとことん話を聞く姿勢を貫きました。
- 講義には一切反論せず、メモを取りながら黙々と聞いていたため、監禁中の精神的なストレスはあまり溜まりませんでした。
夫の苦悩と周囲の拉致被害状況
- 突然行方不明になったため、状況を何も知らされずに必死で探していた夫が一番辛く大変な思いをしていたと振り返っています。
- Kさんの周囲にも、同様に拉致監禁されてそのまま戻ってこなかった人が多数存在していました。
- 公式の被害者数は約4300人とされていますが、実態としては1万人近くに及ぶのではないかという肌感覚を持っています。
解放に至った理由と経緯
- 家族全員が突然家を空けたことで、近所の人たちが不審に思い警察に通報しようとする動きがありました。
- その周囲の動きに対して両親が動揺したことが、解放に向けた大きなきっかけとなりました。
- 5ヶ月間説得を続けてもKさんの意思が変わる気配が全くなかったため、最後は監視付きで買い物に行くなど徐々に状況が緩み、監禁が終了しました。
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