目次
📌 3行でわかる
① 「日本のモーセ」と称される旧統一教会の元トップ、久保木修己氏の波乱に満ちた経歴や立正佼成会からの改宗の経緯について振り返っています。
② 日本統一教会の基礎を築いた西川氏(崔奉春)の命懸けの伝道活動や、笹川良一氏ら大物政治家との関わりといった歴史的背景を解説しています。
③ 約30年にわたり宗教と政治の架け橋となった久保木氏の功績を讃え、現代の信者に対して個人の救済だけでなく国家や世界のために尽くす原点回帰を訴えています。
久保木氏の青年期と立正佼成会での活動
- 学生時代は慶應義塾大学の野球部に所属し、安藤昇(安藤組)などのアウトローとも交流があったという特異な経歴を持っています。
- 天性の宗教感覚を持ち、立正佼成会に入信した後は庭野日敬氏らとともに教勢拡大に大きく貢献しました。
- 当時の立正佼成会は創価学会と激しく対峙しており、国会喚問などの厳しい局面も経験しながら政治的な感覚を培っていきました。
親友・小山氏との再会と統一教会への入信
- 久保木氏が統一教会に出会うきっかけは、仏教哲学を学んでいた後輩・小山氏が突然姿を消したことでした。
- 行方不明になっていた小山氏が、新宿で熱心に統一原理を街頭演説(辻立ち)しているところを発見し、再会を果たします。
- 小山氏の導きによって久保木氏は西川氏(日本統一教会の父)の教えに触れ、深い感銘を受けて統一教会への入信を決意しました。
西川氏の決死の伝道と笹川良一氏の支援
- 日本における統一教会の基礎は、韓国から密入国して決死の覚悟で伝道を行った西川氏によって築かれました。
- 西川氏は大村収容所に収監されるなどの苦難を乗り越え、早稲田大学周辺で活動し、わずか数十名の集会で久保木氏らを深く感動させました。
- 西川氏が収監された際には、笹川良一氏が「自分が代わりに牢に入る」と法務大臣に直談判し、彼の釈放を支援したという劇的なエピソードがあります。
教団・勝共連合トップとしての30年間の功績
- 久保木氏は1991年まで約30年間にわたり、統一教会の会長と国際勝共連合の会長を兼任して強力なリーダーシップを発揮しました。
- 立正佼成会時代に培った政治的嗅覚を活かし、自民党をはじめとする政界の情勢を深く理解し、日本の進むべき道を模索し続けました。
- 文鮮明氏の壮大な教えを日本国民や政治家に分かりやすく噛み砕いて説明する「翻訳者」としての重要な役割を果たしていました。
1991年の歴史的転換点と教団の変化
- 1991年はソ連崩壊という世界史的な大転換(冷戦の終結)が起きた時期であり、同時に久保木氏が会長職を退いた節目でもありました。
- 話者自身もソ連崩壊直後に現地を訪れ、歴史の激動とロシア正教などの深い宗教的土壌を肌で感じたと回顧しています。
- 久保木氏の退任後、教団や勝共連合のトップには政治に疎い人物が就くようになり、「彼のような卓越した人物がいれば社会に安心感を与えられたのではないか」と惜しんでいます。
「日本のモーセ」の生き様と今後の教団への提言
- 社会的地位を捨て、家族をも犠牲にして小さな教会で国のために尽くした久保木氏の姿は、「日本のモーセ」と呼ぶにふさわしい劇的な歩みでした。
- 初期の統一教会は、個人の因縁や救済にとどまらず、「国家や世界のために何ができるか」という公的な使命感に燃えていました。
- 現在の信者に対しても、個人の救済のみに留まらず、人を救い国のために尽くすという、初期の「利他と救国」の原点に立ち返るべきだと強く訴えかけています。
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