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目次
■ 3行でわかる
① 戦後生まれの語り手が、幼少期の引越しやキリスト教系幼稚園での体験を経て、宗教的な道へと導かれていく半生を振り返っています。
② 高校時代にキリスト教に関心を持ち、大学入学直後に原理研究会と出会い、修練会や山形県での開拓伝道に情熱を注いだエピソードが語られます。
③ 1965年に来日した文鮮明氏(大先生)との劇的な対面を果たし、特別に「大きなりんご」をもらったという信仰の原体験がまとめられています。
動画の概要
戦後生まれの語り手「さくらさん」が、幼少期から大学時代までの歩みと、原理研究会(早稲田大)との出会い、40日間の開拓伝道、そして1965年の文鮮明氏(大先生)との対面までを、信仰の原体験として振り返る第一回の証しです。
主なポイント
1. 生い立ちとキリスト教との最初の出会い
- 戦後生まれで、父親は朝鮮からの引き揚げ後に若くして議員になるなど激動の幼少期を過ごした。
- 5歳の時の引越しを機に、無教会派の牧師が設立した幼稚園に入園したことがキリスト教との最初の接点となった。
- 小学生から高校生まで、家庭環境や通っていた学校の影響を受けながら、少しずつ宗教への関心を深めていった。
2. 原理研究会との遭遇と信仰への葛藤
- 進学校の女子高時代に他校の文化祭でキリスト教研究会に惹かれ、大学受験の悩みから哲学に救いを求めて東洋大学へ進学した。
- 大学入学直後、「真理とは何か」という看板に引き寄せられ、原理研究会の講義を聞き、修練会に参加した。
- 当初は「神は実在するのか」と疑っていたが、電車の中で「雨を降らせて・止ませて」という祈りが連続して叶ったことで、神の存在を信じる決意を固めた。
3. 山形県鶴岡市での情熱的な開拓伝道
- 親から資金をもらい、夏休みに山形県の鶴岡へ開拓伝道に出発した。
- 高い建物の屋上から祈りを捧げ、地元の先輩や有力者を頼ってアパートや自転車を確保するなど、非常にバイタリティあふれる活動を行った。
- 毎朝駅前で演説し、地元の作家や自動車修理工場の人々に助けられながら、伝道活動を完遂した。
4. 文鮮明氏(大先生)との劇的な対面
- 開拓伝道を終えて寮生活を始めた直後の1965年、文鮮明氏(大先生)が来日し、直接お会いする機会を得た。
- 文氏から過去の苦労話や断食についての教えを直接聞き、深い感銘を受けた。
- 休憩時には文氏から特別に「大きなりんご」を手渡されるという光栄な体験をし、そのりんごを持って写真館で記念撮影をしたことが大切な思い出として語られる。
5. 熱気に満ちた初期の信仰生活
- 当時の活動は「マインドコントロールされていた」と振り返りつつも、毎日叫んで伝道することが楽しくて仕方がなかったと語る。
- 特別な出来事や偶然の出会い(忘れ物を取りに帰ったことで人が復帰するなど)を「神様の導き」と捉え、情熱的に活動していた。
- 文氏を見送る際、車から出た大きな手が車体を叩いたという強烈な印象が、初期の信仰生活の熱気を象徴するエピソードとして締めくくられる。
まとめ・結論
幼少期のキリスト教との出会いから原理研究会への入会、開拓伝道、そして大先生との対面まで、一人の信者が歩んだ62年の原点が率直に語られています。当時の熱気と、後年の視点を交えた振り返りが同居する、貴重な一次証言としての第一回です。
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