▶ https://www.youtube.com/watch?v=NIghEEE9XUc
目次
■ 3行でわかる
① どんなに親しい相手でも他人の主観や内心は完全には理解できず、外から見える言動はその人が背負う人生の物語のほんの一部にすぎない。
② 人生が100人100通りなら神様との絆の形も人それぞれで、熱心に見えない人が陰で祈りに命をかけていることもあり、形だけで「信仰が薄い」と裁くことは誰にもできない。
③ 互いを裁くエネルギーを捨て、違いを尊重し合いながら自分にしかできない方法で神様を喜ばせることこそ、天の父母様が最も望む兄弟姉妹の姿である。
動画の概要
家庭連合一世信者の小林浩氏が、「神様の喜ばせ方は人それぞれでいい」というこれまでの話の続きとして、自分と違う信仰スタイルの人を見て裁きそうになったときに思い出したい視点を語っています。
主なポイント
1. 他人の主観は誰にも分からない
- 他人が見ている色や肌で感じる感触さえ、私たちは直接体験できない
- その人がどんなことに傷つき、何に救われ、何に胸を躍らせてきたのか、喜怒哀楽のすべてを代わりに味わうことは絶対にできない
- 外側から見える言動や態度は、その人の壮大な人生の物語のほんの一部分にすぎない
2. 神様との絆の形は100人100通り
- 深い苦しみのどん底で神様を感じた人もいれば、学問や自然の美しさの中で感じた人もいる
- 組織の指導や伝統を守ることで守られてきたと実感する人もいれば、自ら道を開拓して神様に親孝行してきたと感じる人もいる
- 熱心に見えない人が誰にも言えない葛藤の中で祈りに命をかけていることも、元気で活発な人が体を動かすことでしか心の平安を保てない辛い歴史を抱えていることもある
3. 長男と次男のたとえ
- 家の仕事を手伝って親を喜ばせる長男と、外の世界を探求して発見を報告することで親を喜ばせる次男
- 兄が弟を「なぜ家を手伝わない」と責め、弟が兄を「硬くてつまらない」と馬鹿にしたら、親は悲しむ
- 親である天の父母様にとっても同じで、違いを批判し合うより、それぞれの物語と親孝行の形を尊重し合うことが望まれている
4. 裁く手を静かに下ろす
- 他人の信仰を推し量ることにエネルギーを使うのはやめる(エネルギーの無駄)
- 代わりに、自分にしかできない方法で今日も神様を喜ばせようと、自分自身の歩みに心を注ぐ
- 違うタイプの人に出会ったら「この人にも神様との素敵な出会いと物語がある」と温かいまなざしを向ければ十分
まとめ・結論
他人の内心が分からないからこそ、私たちは人を裁く手を下ろすべきだというのが本動画のメッセージです。互いの個性を認め合い、それぞれの場所で親である神様を笑顔にしていくことが、いがみ合うよりもずっと大切だと語りかけています。
▶ 元動画を視聴する(家庭連合一世おじさん信者)

