▶ https://www.youtube.com/watch?v=C4OJPTng-K4
目次
■ 3行でわかる
① 「七難」を「ななん」と読んで「しちなん」と指摘された体験から、神様の呼称が「天のお父様」から「天の父母様」へ変わった際に反発して分派した人々の心理構造を考察している。
② 「四難(しなん)」の読み替えや『枕草子』の若者言葉への苦言、「しだらない→だらしない」、イケメン・OMG・FOMOの定着、クリプキの言語哲学などを挙げ、言葉は共同体の中で変化していくものだと説明する。
③ 宇宙と自然界の最大の法則は「変化」であり、過去の形や常識を絶対化せず、変化を寛容に受け入れて共に成長することが豊かな信仰と人生の鍵だと結論づけている。
動画の概要
家庭連合の一世信者・小林浩氏(サイエンスジャーナリスト、元光言社社長)が、言葉の読み方という身近な問いを入り口に、言語哲学や自然界の法則と照らし合わせながら、変化を拒んで分派してしまう人間の心理と、神様が創造した世界の本質について語っています。
主なポイント
1. 読み間違いの指摘から感じた「デジャブ」
- 動画で「七難」を「ななん」と読み、コメント欄で「しちなん」と読むべきだと指摘された
- 辞書通りの読み方は「しちなん」で、指摘自体はもっともだと認めている
- 一方で、神様の呼称が「天のお父様」から「天の父母様」へ深められた際、「伝統と違う」と反発して離れた分派の人々と同じ精神構造を感じたという
- 指摘した人を分派と呼んでいるわけではないと断っている
2. 日本語そのものが矛盾と変化に満ちている
- 音読みでそろえるなら「三難」の次は「しなん」だが、普段は「よなん」と読むなど、ルールは柔軟に変えられている
- 「しち」は「いち」と聞き間違えやすいため「なな」と読むのも自然な日本語の働き
- 平安時代の『枕草子』でも清少納言が若者の言葉の乱れを嘆いている
- 江戸時代の「しだらない」が逆さ言葉の「だらしない」になり、今では標準語に
- イケメン、英語圏のOMGやFOMO(取り残される恐怖)なども辞書に載るまでに定着
3. 言語哲学から見る「意味」の成り立ち
- 20世紀の言語哲学者ソール・クリプキは、言葉の意味が社会にどう定着するかを研究した
- 意味は辞書から天下り的に与えられるのではなく、共同体の中で「指示の伝達の鎖」を経て共有されたときに立ち上がる
- 意味とは、生きて交流する人間同士の相互作用の中で生まれる現象だとする
4. 家庭連合の中で起きている言葉の変遷
- 「真の父母」を「まことのふぼ」と読むのは一般の国語の常識とは異なるが、信者の間では完全に定着
- 聖歌「集え」の「十字架をひるがえし」は、韓国語原詞の「十字旗」を「十字架」と訳したとみられるが、誰も疑問を持たず歌っている
- 「妹背(いもせ)」の読みが歌の中では別の読み方で親しまれている
- 韓国・清平の天心苑徹夜精誠では、聖歌の「父」「主」を「真の父母様」に置き換えたり、日本の聖歌を替え歌にしたりしている
- これは韓国が悪いのではなく、文化圏によって言葉や歌の扱い方・許容範囲が異なる例だとしている
5. 宇宙の最大の法則は「変化」
- 空の色や雲の形、四季の移ろい、生態系の遷移や川の流れ、大陸移動や氷河期など、あらゆるスケールで変化が組み込まれている
- 静止して固まりきった世界は宇宙のどこにもなく、変化と成長こそが生命と宇宙の本質
- 分派の本質は、創造原理である変化を拒み、自分が過去にとらえた小さな形や常識を絶対化することにある
まとめ・結論
言葉も思想も信仰も、生きている以上は絶えず変化し深まっていくのが当然であり、それが創造原理だと語っています。目の前の小さな変化や不一致に苛立って閉じこもるのではなく、変化を寛容に受け入れる心の広さを持ち、自らも変化と共に成長していくことが、豊かな信仰と人生を歩む鍵だと結んでいます。
▶ 元動画を視聴する(家庭連合一世おじさん信者)

