第1回LEDA裏 Q&A【南米パンタナールの秘境レダ暮らし】

https://youtu.be/QTSneJ6uHXg

目次

3行要約

  1. レダに関わる青年たちが集まり、視聴者から寄せられた質問に答える新番組「LEDA裏」の第1回。
  2. 現地滞在1年の梅さんが、5時起床・90分働いて30分休む5ラウンド制という1日のルーティンや、Wi-Fiが整った現在の休日の過ごし方を明かす。
  3. 仕事のやりがいと壁、家族のありがたさ、そして「感謝する生活」という先輩の教えまで、レダのリアルが率直に語られる。

詳細要約

番組とメンバーの紹介

  • 「LEDA裏」は、パンタナール通信の裏側を伝える「パ通裏」をもじった新企画。レダに関心のある青年が集まり、よりリアルな内容を話し合う。
  • 司会のふとセ太氏:2022年8月から半年ほどレダに滞在。別チャンネル「ウリ二世」を運営し、現在はレダ中央支部の事務局を担当している。
  • 小山氏:2016年、現在のレダツアーの前身である奉仕隊の時代に参加。かれこれ10年が経つ。現在はレダ関係の広報を担当。当時は枠が限られており、応募3回目でようやく参加できたという。
  • 梅さん:現在進行形でチャパボラ(現地ボランティア)としてレダで活動中。2025年5月から数えてちょうど1年が経過した。
  • 10年前、3〜4年前、そして現在と、滞在時期の異なる3人が答えるという構成になっている。

1日のルーティン(現在)

  • 5時起床。5時半から訓読会があり、1時間弱で終わって朝食。
  • 7時15分に朝礼。従業員の点呼や確認事項を共有してから、農業・水産などそれぞれの分野で活動を開始する。
  • 90分働いて30分休むサイクルを1日5ラウンド繰り返す。3ラウンド目を終えた13時に昼食で、昼休憩は1時間半。
  • 14時半に再開して4・5ラウンドをこなし、18時に終了。18時半から夕食、その後1日の反省会をして解散となる。
  • ふとセ太氏の時代は訓読会のあとすぐ1ラウンド目を働いてから朝食という流れで、現在とは異なる。ラウンドの区切り方は頻繁に変わるが、5ラウンド制そのものは変わっていないという。
  • 休みは日曜と土曜の午後。ボランティアメンバーは1日半休めるが、現地に定住しているメンバーは土曜も丸1日働く。

休日と娯楽

  • 南米でしか釣れない魚がいるため、釣りは定番の過ごし方。
  • 現在はWi-Fiや設備が整ってきており、動画やアニメ、ドラマを見て過ごすこともできる。
  • 大自然の中を散歩するだけでも、綺麗な景色や動物に出会える。
  • ふとセ太氏の時代は通信量が月5〜8GB程度しかなく動画は見られなかったため、ジェンガや、現地の人とのアルティメット・サッカーなどで遊んでいた。
  • 現在は青年の人数が少なく男性ばかりなので、夜はお菓子を賭けてボードゲームをするのが定番になっている。
  • プールもあり、深いところは頭から足まで沈むほど。12月から1月は日本と季節が逆で暑いため、仕事終わりに毎日入っていたという。

レダに行こうと思ったきっかけ

  • 小山氏:母が南米に宣教で行っていたこともあり、南米に興味があった。毎年開催されていた奉仕隊に応募し、3回目でようやく参加枠を得た。
  • 梅さん:高校生の頃から漠然と海外でボランティアをしてみたいと考えていた。下関の大学に通い、下関教会で水産の中心メンバーである竹川さんからレダの話をよく聞いていたことがきっかけになった。
  • ふとセ太氏:都会育ちで自然が恋しくなったから、という理由。チャパボラ制度の第1期生で、同期8人も「行ってみたいから来た」という人が多かったと振り返る。
  • 深い動機を持って来る人ばかりではなく、「昔から行ってみたかった」「タイミングが合った」という人が意外と多いのではないか、というのがふとセ太氏の所感。

やりがいと、仕事の壁

  • 梅さん:来た当初は動機を固めて来たのでモチベーションが高く、国家メシアの方々と施設の説明をするなどワクワク感があった。しかし、だんだんマンネリ化していく。
  • 水産チームで毎日同じような作業を繰り返すなか、これが本当にレダへの貢献になっているのかと悩んだ。それでも天の父母様と共に歩む世界があると少しずつ感じられた時に、やりがいが再び生まれてくるという。
  • ふとセ太氏:当時13個ほどあった池でパクーを育てる水産にいたが、基本業務は草刈りだった。池が大きすぎて一周する前に最初の場所から草が生え始めており、まるで追いかけっこのようだったと語る。
  • 「これに意味があるのか」と強く感じ、後半3か月は正直きつくて楽しくなかった。30分休憩のたびに寝てしまい、何度も寝坊して迷惑をかけたという。
  • 深い動機を持たずに来る青年が多いため、この仕事にやりがいを持つのは難しいというのが率直なところだと認めている。

壁をどう乗り越えたか

  • 梅さん:つまずくことはあっても引きずらず、「自分が変わるしかない」とマインドを切り替えるタイプだと自己分析。メンタルは強い方だと語る。
  • 1年いると日本に帰りたいという思いがふとよぎることはある。日本の家族や友人に会いたくなるからだという。
  • 母親が家族の写真や近況を送ってくれたり、心配してくれたりすることで、地球の裏側まで離れて改めて家族の温かさを感じた。それに支えられて乗り越えてきたという。
  • ふとセ太氏の時代は通信量が足りず連絡が取れなかったため、親も半ば諦めて後半は連絡してこなかったという対照的なエピソードも紹介される。

「感謝する生活」という教え

  • ふとセ太氏は、1999年から現地にいた上山先生に「25年以上こんなに苦しい環境で働いていてきつくないのか」と尋ねたことがある。
  • 返ってきた答えは「きついと感じたことはない、むしろ嬉しい」。お父様から直接み言を受けてこの地に来ており、水産も農業も摂理に貢献しているという実感があるからだという。
  • 20年以上この過酷な環境で働いてなお感謝できることに衝撃を受けたと振り返る。
  • 上山先生の「形の上で天国ができたとしても、不平を言う人がいたらそこは天国ではない」という言葉も強く刺さった。
  • それまで愚痴が多いと言われていたが、帰国前の1か月は感謝する生活を心がけたところ不平不満が出なくなり、レダで唯一成長できた点だったという。
  • 現在は国家メシアの先生方が現地に多くは残っていない一方で家庭が増えているため、先輩信徒から学べることの多さもレダの魅力の一つだと語っている。

現地の経験は人生にどう生きるか

  • 梅さん:まだ学生で社会人になっていない立場であり、この活動が自分の人生にどうつながるのか、今まさに悩んでいる最中だと正直に語る。水産をやっているが水産の道に進みたいわけでもない。
  • 小山氏:日本ではできない経験ができたことが大きい。大自然とそこで感じた神の愛、文化の違いに悩んだ経験が、国際祝福を受けてフィリピンで暮らす今に生きており、視野が広がったと語る。
  • ふとセ太氏:現在は営業職で、水産の経験が直接生きているわけではない。しかし人生の一つの経験としての価値はあるので、そこに無理に意味を見出さなくてもよいという考え。
  • 最後は「行きたい人は人生の一つの経験として来てほしい、優しい先輩がたくさん待っています」と呼びかけて第1回を締めくくっている。

※本記事の要約は動画の自動文字起こしをもとに当サイトが作成したものです。正確な内容は元動画をご覧ください。

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